大判例

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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2526号 判決 2000年9月28日

控訴人

山田工業株式会社

右代表者代表取締役

山田證

右訴訟代理人弁護士

杉﨑茂

大木孝

剱持京助

古田玄

被控訴人

井川繁由

外一八名

右一九名訴訟代理人弁護士

買原唯光

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人が当審で追加した請求を棄却する。

三  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、別表の一欄記載の各金員及びこれに対する平成七年一一月二六日(被控訴人杉本一郎については平成七年一一月二七日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (当審で追加した請求)

被控訴人らは、控訴人に対し、別表の二欄記載の各金員及びこれに対する平成七年一一月二六日(被控訴人杉本一郎については平成七年一一月二七日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人ら

1  控訴人の本件控訴を棄却する。

2  控訴人が当審で追加した請求を棄却する。

第二  事案の概要

一  控訴人は、土木工事及び建築工事の請負業等を目的とする会社である。井川元右衛門、被控訴人井川繁由、被控訴人杉本一郎、瀬戸軍治、被控訴人井川一人、被控訴人佐藤照雄、横山政雄、被控訴人横山定雄、渡邉若雄、被控訴人内田正二(以下「井川元右衛門ら」という。)は、神奈川県南足柄市怒田字長田<番地略>の土地外二八筆の土地(本件土地)を所有していた。被控訴人らは、井川元右衛門らのうちの生存者又は死亡した者の相続人である。

控訴人は、井川元右衛門らとの間において、本件土地に残土を埋め立てるため本件土地を使用するとの契約(本件契約)を締結し、井川元右衛門らに合計一七九五万三〇〇五円を支払ったほか、排水管工事の費用として六八八万四〇〇〇円を青山一雄に支払った。

本件は、控訴人が、本件契約上、井川元右衛門らは本件土地への大型車(一〇トン車)車両進入道路を確保する債務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったので、本件契約を解除したと主張して、被控訴人らに対し、解除による原状回復請求権に基づき、井川元右衛門らに支払った金員の返還とその遅延損害金の支払を求めるとともに、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、排水管工事費用として支払った額と同額の損害賠償金とその遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は、控訴人の請求を棄却したので、控訴人が不服を申し立てたものである。なお、控訴人は、当審において、予備的請求を追加し、本件契約は錯誤により無効であると主張して、不当利得返還請求権に基づき、井川元右衛門らに支払った金員の返還と利息又は遅延損害金の支払を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 大型車車両進入道路の確保に関する合意の成立

井川元右衛門らのうち井川元右衛門(平成二年一二月五日に死亡)、瀬戸軍治を除く八名は、控訴人に対し、平成三年六月一四日及び一五日、大型車車両進入道路については、井川元右衛門らで責任をもって井川章と話をつけ、確保することを約した。

2 本件契約の錯誤による無効

(一) 本件契約が締結された当時、本件土地への進入路には、井川章所有の神奈川県南足柄市怒田字長田<番地略>の土地(井川章所有地)の北側に存した幅九尺(2.7メートル)の交換道路がなっていた。しかし、交換道路の北側には国有畦畔(幅0.9メートル)が隣接しておらず、交換道路と畦畔の間には、井川章所有の土地が存在していた。この場合、交換道路のみでは、大型車(一〇トン車)の通行は極めて困難であった。

(二) 本件契約の当事者双方は、交換道路の北側には国有畦畔が隣接しており、交換道路と畦畔とを合わせれば大型車(一〇トン車)が通行できると信じていた。

(三) 本件契約の締結は、大型車による残土の搬入を前提としていた。したがって、本件土地への進入路の幅及び大型車の通行可能性の誤信は、要素の錯誤に当たり、本件契約は、錯誤により無効である。

(四) よって、控訴人は、被控訴人らに対し、不当利得返還請求権に基づき、井川元右衛門らに交付した一七九五万三〇〇五円の返還及び訴状送達の日の翌日から年五分の割合による金員の支払を求める。

(被控訴人らの当審における主張)

1 控訴人の当審における主張1の事実は否認する。

2 同2(一)の事実のうち、本件土地への進入路に井川章所有地の北側に存した交換道路がなっていたことは認め、交換道路の北側に畦畔が隣接しておらず、交換道路と畦畔の間に井川章所有の土地が存在していたことは知らない。交換道路のみでも大型車の通行は可能であった。(二)の事実は認める。(三)の事実は否認する。

3 不当利得返還請求権の時効消滅

控訴人は井川元右衛門らに対し昭和六三年六月九日に金員を支払ったから、不当利得返還請求権の消滅時効の起算日は、同月一〇日である。

控訴人が不当利得返還請求権を行使する前に、昭和六三年六月一〇日から一〇年が経過した。

被控訴人らは、控訴人に対し、平成一二年七月一三日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用するとの意思表示をした。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の主位的請求は理由がなく、当審で追加した予備的請求も理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

(控訴人及び被控訴人らの当審における主張について)

1 控訴人の当審における主張1について

控訴人は、井川元右衛門らのうち井川元右衛門、瀬戸軍治を除く八名が、控訴人に対し、平成三年六月一四日及び一五日、大型車車両進入道路の確保を約束したと主張する。

甲二一(中村孝行作成の証明書)には、平成三年六月一四日から一五日にかけての、地権者らと控訴人との湯河原における打合会において、埋立事業が中断されたままになっているがどうしたらよいかが話し合われ、地権者らは、「自分たちで責任をもって井川章と話をつける」と約束したとの記載がある。

また、原審における控訴人代表者及び被控訴人井川繁由本人によれば、平成三年六月一四日から一五日にかけて、井川元右衛門らのうち大部分の者と控訴人代表者とが、神奈川県湯河原において、本件土地の埋立事業に関して話合いをしたことが認められる。

しかし、右証拠によれば、湯河原における話合いの内容は、昭和六三年六月の本件契約締結から三年が経過したにもかかわらず、埋立事業は完了していなかったことから、控訴人から井川元右衛門ら本件土地の所有者に対し、再契約をしてほしいと持ちかけたものであること、本件土地の所有者らが、井川章も契約の当事者に加えた方がよいと言ったため、再契約の話はそのままとなり、何の書面も作成されなかったことが認められる。なお、原審における控訴人代表者は、右話合いの中で、従前の合意の確認という形にせよ、新たな合意という形にせよ、井川元右衛門らが本件土地への進入道路を確保するとの話が出たとは一切述べていない。

そして、井川章も契約の当事者に加えた方がよいと言っている井川元右衛門らが、本件土地への進入道路に関して井川章と話をつけるというようなことを約束するとは考えられない。したがって、甲二一の前記記載は信用することができない。

他に控訴人の当審における主張1の事実を認めるべき証拠はなく、この主張を採用することはできない。

2 被控訴人らの当審における主張3について

(一) 控訴人は、当審において、本件土地への進入路となる交換道路の北側には国有畦畔が隣接しておらず交換道路のみでは大型車の通行は極めて困難であったにもかかわらず、控訴人は、交換道路の北側には国有畦畔が隣接しており交換道路と国有畦畔によって大型車の通行ができると信じて本件契約を締結したのであるから、本件契約は錯誤によって無効であると主張し、不当利得返還請求権に基づき、井川元右衛門らに交付した金員の返還を請求する。

しかし、控訴人が主張する事実が認められ、不当利得返還請求権が発生したとしても、右不当利得返還請求権は、すでに時効によって消滅したものである。

(二) 控訴人が錯誤の内容として主張するところは、右のとおり、本件土地への進入路の幅、すなわち、交換道路と畦畔とが隣接しておらず、交換道路のみではその幅は2.7メートルしかなかったにもかかわらず、これらが隣接しており、道路の幅として約3.6メートルはあると誤信したことである。

交換道路と畦畔とが隣接しているかどうかは、客観的な事柄であり、控訴人が井川元右衛門らに本件契約に基づき金員を交付した昭和六三年六月九日に客観的には定まっていたことである。

したがって、不当利得返還請求権は、控訴人が井川元右衛門らに本件契約に基づき金員を交付したときに発生している(錯誤の内容は、交換道路の元の所有者であり、交換道路と畦畔との間に土地があるとしたらその所有者でもある井川章が控訴人の通行を妨害するおそれがあったにもかかわらず、妨害しないものと誤信したというものではない。しかし、錯誤の内容を右のようにとらえたとしても、井川章による妨害のおそれの有無も、客観的に定まることであるから、不当利得返還請求権が金員を交付したときに発生することに変わりはない。)。

そして、不当利得返還請求権は、その発生のときから時効が進行するのであって、権利の発生時点において権利を行使しうることを権利者が知っていなくても、時効は進行を始めるのである。

そうすると、昭和六三年六月一〇日から一〇年が経過した平成一〇年六月九日には、本件の不当利得返還請求権は、時効により消滅したというべきである。

(三) 控訴人は、平成七年一一月一三日には、本件契約の債務不履行による解除を主張して、民法五四五条の原状回復請求権に基づき、井川元右衛門らに交付した金員の返還を求める訴えを提起している(本件の主位的請求)。

控訴人が民法五四五条の原状回復請求権に基づく金員の返還請求について請求原因として主張した内容は、訴状では、本件契約には「本件土地への車両進入道路は、井川元右衛門らにおいて確保する」との約定があったのに、本件土地への車両進入道路の所有者である井川章より原告に対し、「自分は搬入道路を使用することの承諾を与えていないので、道路の使用は認めない。」旨の申入れがあり、井川章からの道路使用の承諾が得られていない債務不履行がある(訴状請求の原因一、七、八項)というものであり、平成一〇年三月一六日付け準備書面では、本件契約には右約定があったのに、井川章より原告に対し、「自分は搬入道路の自分の土地部分を使用することの許可を与えていないので、道路の使用は認めない」との申入れがあった後、井川章を説得できなかった債務不履行がある(同準備書面八、一〇、一四項)というものである。

すなわち、本件の解除による原状回復請求権の請求原因は、大型車車両進入道路を確保する債務、その具体的内容としては、井川章から同人所有の土地を通行することの承諾を取り付ける債務を負っていたにもかかわらず、その不履行があったというものである。したがって、その立証の命題は、井川章から井川章の所有地を通行することの承諾を取り付ける債務の有無であった(井川元右衛門らが井川章の承諾を取り付けなかったことは、争いがなかった。)。一方、本件の錯誤無効による不当利得返還請求権の請求原因は、先にみたとおり、交換道路と畦畔とが隣接していないこと及びこれらが隣接しているとの控訴人の誤信である。したがって、その立証の命題は、交換道路と畦畔との隣接の有無、控訴人の誤信の有無である。

右のとおり、本件の解除による原状回復請求権と錯誤無効による不当利得返還請求権とは、本件契約に基づき交付された金員の返還を求めるという点においては共通するところがあるとしても、返還の要件を全く異にするものである。

このように、両者は発生要件を異にし、訴訟物を異にするから、本件の契約解除による原状回復請求権に基づき交付した金員の返還を求める訴えの提起は、原則として、当該契約が錯誤無効であることによる不当利得返還請求権の時効を中断しないといわざるを得ない。

もっとも、このような場合でも、解除による原状回復請求権の存否につき当事者が主張、立証し、裁判所が審理、判断した事項によって、錯誤無効による不当利得返還請求権の要件の存在が明らかになっている場合には、錯誤無効による不当利得返還請求権についても時効の中断の可能性がある。

本件の原審では、井川元右衛門らが井川章から承諾を取り付ける債務を負っていたか否かに関するひとつの間接事実として、被控訴人らの側から、交換道路と畦畔との隣接が主張され、その立証が試みられた。しかし、交換道路と畦畔との隣接の有無を決することなく、本来の争点である右債務の有無を判断することができたために、双方の立証が十分尽くされたとはいえないままに終わった。原判決の判断も、「畦畔は交換道路にも隣接しているのか、あるいは畦畔と交換道路の間に井川章所有の土地が存在するのか、そのいずれであるかについてはこれを明確にすることはできない状況にある」(原判決二三頁)と述べるにとどまっている。

そうすると、本件では、当事者が主張、立証し、裁判所が審理、判断した事項によって、錯誤無効による不当利得返還請求権の要件の存在が明らかになったとはいえない。したがって、この意味でも時効の中断を認めることはできない。

(四) 右のとおり、被控訴人らの当審における主張3は理由があり、控訴人の予備的請求は理由がない。

二  したがって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。また、控訴人が当審で追加した請求も理由がないから、これを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 裁判官 江口とし子)

別紙<省略>

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